星々が告げる名前〜時間の花を咲かせる光の音
- Ayako Lux
- 1 日前
- 読了時間: 3分
ミヒャエル・エンデの名作「 モモ」を読みました。以前、読んだのは何年前、いや何十年前か?正直、内容もほとんど覚えていませんでした。
いや〜、久しぶりにすごい本を読みました。手元に置いて何度も読み返したい本です。
心に残った箇所はたくさんあるのですが、その中でも一箇所、あまりの美しさにどうしても書き留めておきたい箇所があります。
それは、モモが時間のマスターに連れられて行った、大空と同じくらい大きな、金でできた丸天井のある、時間の花の咲く池でのシーン。
モモは気付きます。 丸天井の中心の丸い穴から差し込んでくる光の柱は、光として目に見えるだけではなく、音も聞こえてくると。その音は、煌めく星空の下で静けさにじっと耳を傾けていた時、遥か彼方から密やかに聞こえてきた音楽と同じだと。
その鳴り響く光こそが、どれとして同じもののない類稀なく美しい花(時間の花)の一つ一つを、暗い水底から呼び出して形を与えているのだと。
その音楽は、太陽と月とあらゆる惑星と恒星が、自分たちそれぞれの本当の名前を告げている言葉でした。そしてそれらの名前こそ、ここの"時間の花"の一つ一つを誕生させ、再び消え去らせるために、星々が何をやり、どのように力を及ぼし合っているかを知る鍵となっているのです。
モモは悟ります。これらの言葉は全て、彼女に語り掛けられたものなのだと。全世界が、遙彼方の星々に至るまで、たった一つの巨大な顔となって彼女の方を向き、じっと見つめて話しかけていることを。
私も数年前、ハワイ、モロカイ島でそんな感覚を持った経験があります。あたりは他に民家も見えないくらい静かな場所で、私はその夜、犬と二人きりで外に出て何気なく星空に目をやったのです。というより、他に建物も街灯もない場所では、見上げるまでもなく、眼前に広がるのは満天の星、星、星、無数の煌めく星なのです。
そこで、私は不思議な安心感を覚えたのです。ああ、私は一人じゃない、という確信。深い安堵感。そして、この一瞬はまた同時に永遠でもあると理解したのです。
横の犬は、"ね?わかったでしょ?"とでもいいたげに、私をじっと見つめてくれていました。
あのモロカイの夜と同じような体験を、本の中で読んだことがあります。
「生き方は星空が教えてくれる」の中で木内鶴彦さんが、山に一人で入って星空観測をする日々を何年も続けるうち、星の奏でる音がメロディとなって聞こえて来るようになったと書かれていました。
そのメロディが、バッハの"チェンバロ協奏曲第3番"、こちら。
これが空の星々が、自分たちそれぞれの名前を告げる言葉だと想像してみて下さい。
そして、彼らの名前が、私たち一人ひとりに与えられた"時間の花"を咲かせ、散らせ、また新たな花を咲かせ散らす、その時間の命の循環を司っているのだとしたら?星々の名前、知りたくありませんか?
名前とは、ものに意味を与えるもの。それがあって初めて、そこに命が吹き込まれる。そしてその意味とは——私は"愛"だと思うのです。
そう、時間の花一輪一輪に、名前が投げかけられているのかもしれない。そしてその名前こそが、星々からのギフトなのでは? だとしたら、私たちはその名前を聞かなくては。
"君の名は?"と。




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